ウミホタルの生態
(1)光に対するウミホタルの応答



 

■懐中電灯の光に対する走光性実験

<実験1>
(実験方法)
 実験実施日:1992年10月8日 20:00〜22:00
 自然状態のウミホタルが、光の刺激に対してどのような反応を起こすか調べるために、採集直後(1992年10月8日採取、館山湾(地名は採取地を示す。以下、同様))のウミホタル約1000個体を用いて実験を行った。
 丸形水槽(直径29cm、深さ14cm)に色セロハンを付けた光源の光をあてた。色による反応の違いを調べるために、色セロハンは赤、青、緑を用意し、重ねずに1枚ずつを光源にかぶせて実験を行った。
 光源は、4.8V、0.5Aのクリプトン球を使用し、電源はDC6Vを使用した。
 また、光源を水槽の近くから最高50mほど離すなどして光量を調節し、ウミホタルの反応の違いを観察した。

(観察結果)
 赤、青、緑それぞれの色について、いずれも明確な負の走光性を示した。
 光源を水槽に近付け、光量を多くすると、素早く光源の反対側に移動した。約50cm離れたところから、それぞれのフィルターを使用して投光した場合、微弱な光が水槽に当たった。この微弱な光に対しても、ウミホタルは負の走行性を示す。

  ※負の走光性…光源とは反対の方向に移動する走性のこと。←→正の走光性

<実験2>
(実験方法)
 実験実施日:1992年10月9日 20:00〜22:00
 水槽(縦49cm、横9cm、深さ15cm)を1時間以上前から暗室に入れ、ウミホタル(1992年10月8日採取、館山湾)を環境に慣れさせる時間をとる。
 ウミホタルの入った水槽の近くで、いきなり3.5V、0.45Aの電球を電源AC3Vで発光させて刺激したときのウミホタルの様子を観察する。
 このときの光源には、赤、青、緑の3色のフィルターを付け、それぞれの色で発光刺激を与えた。
 ウミホタルは、2つの実験集団に分けて別々の水槽に入れ、それぞれについて実験を行った。実験集団は、満腹状態(牛レバーを約1時間前に水槽に投入して餌を十分に与えたもの)の個体と空腹状態(餌を十分に与えていないもの)の個体である。それぞれ約500個体ずつを実験に使用した。

(実験結果)
 3色(赤、青、緑)の光のそれぞれについて、満腹状態のウミホタル集団では、負の走光性以外の特別な反応を示す個体は確認できなかった。しかし、空腹状態の集団では、それぞれ光に集まる個体を約20個体確認した。だが水槽全体の投入個体数約500個体と比べると、その割合はかなり低い。


■"乾燥ウミホタル"の光に対する走光性実験

 実験に用いた"乾燥ウミホタル"は全て、採取した直後に特定の方法で急速乾燥させたものである。"乾燥ウミホタル"の発光に対する生きたウミホタルの反応を調べる前に、まず"乾燥ウミホタル"の発光能力を調べた。

<予備実験・方法>
 密閉された試験管と開放的なシャーレの2種類で実験を行った。それぞれに約0.10gずつの"乾燥ウミホタル"(乾燥したそのままの状態で特にすりつぶしたりはしていない)を入れた。試験管には、水を10ml加え、シャーレには底にキムワイプ®(十條キンバリー株式会社)を敷いて水10mlを加え、酸素が供給されやすいようにし、実験を行った。

<予備実験・結果>
 結果は以下の表の通りである。
発 光 時 間
発光の様子
密閉試験管
平均 2時間10分
断続的な弱い光
シャーレ
平均 3時間00分
断続的な弱い光
表1.乾燥ウミホタルの発光時間

 この実験の場合、水の対流がないために平均約2時間30分となっているが、振動を与えたり、水を対流させたりすると5時間後でも再発光しているのを確認できる。
 この"乾燥ウミホタル"を用いて、以下の実験を行った。

<実験1>
(実験方法)
 実験実施日:1992年10月9日 18:00〜22:00 および 10月10日 18:00〜22:00
 アクリル水槽(縦150mm、横450mm、深さ90mm)に空腹状態(餌を2日間与えていない)のウミホタル(1992年10月8日採取、館山湾)を約500個体入れ、約30分、環境に慣れさせた後、約0.10gの"乾燥ウミホタル"(乾燥したそのままの状態ですりつぶしたりはしていない)を、臭いを取り除いた試験管(ここでは20%のHCL(温度65度)に20分間漬けておいた)に入れ、発光させた。そして発光させた試験管をアクリル水槽中央部に入れてウミホタルの反応を見る。
 また、この実験は、気温21.5度、水温20.5度の状況下で行い、母集団の雄雌比は雄1に対し、雌14.8である(表2)。
 A 
A−1
A−2
A−3
A−4
A−5
オス(%)
5.8
0.0
0.3
0.0
0.3
0.0
メス(%)
20.2
22.0
18.1
18.1
12.1
3.0
表2.実験に使用したウミホタル母集団の雄雌・未成熟個体の割合(n=396個体)

※A,A-1,A-2…ウミホタルの成熟段階を示す記号で、AはAdult(成体の意)の略。A-1は成体の1段階前、A-2は2段階前…というように表す。段階は脱皮により変わり、A-5まで存在する。なお、母体殻内での卵膜の剥離を脱皮として数える事があり、その段階をA-6と表記することもある。

(実験結果)
 試験管を投入して約3分は、ほとんどのウミホタルが負の走光性を示したが次第に、約20個体が、発光している試験管の周りに集まり始めた。そのウミホタルを3回に分けて捕獲した。捕獲は試験管間近に近寄ってしばらくうろつく個体と、試験管の光に関係なく付近を泳いでいる個体とを区別するため、3秒以上試験管に近寄っていた個体をコマゴメピペットで速やかに吸い取った(表3)。
 
投入後の時間
5分後
10分後
15分後
オス(個体数)
メス(個体数)
11
11
備 考
♀A…5
♀A−1…2
♀A−2…2
♀A−3…0
♀A−4…0
♀A−5…2
♀A…4
♀A−1…2
♀A−2…2
♀A−3…1
♀A−4…0
♀A−5…2
♂A…1
♀A…3
表3.発光試験管間近に3秒以上近寄っていたウミホタル個体数

 表3より、一部の正の走光性を示したウミホタルはメスの方が多いが、母集団の比率を見ると、もともとメスの割合が高く、この結果からだけではどのような個体が正の走光性を示すのかは、不明である。しかし、ごく少数とはいえ正の走光性を示すウミホタルが存在するのは非常に興味深い。

<実験2>
(実験方法)
 実験実施日:1992年10月9日 18:00〜22:00 および 10月10日 18:00〜22:00
 次に実験1と同じ"乾燥ウミホタル"を用いて以下の実験を行った。
 まず、実験1と同じように臭いを取り除く処理をした2種類の試験管を用意する。
 断続的に弱く発光させる試験管…A試験管(乾燥したそのままの状態のウミホタルと水を入れた試験管)
 約5秒間程度強く発光させる試験管…B試験管(乳鉢で約10分間乾燥ウミホタルをすりつぶしたものを入れた試験管)

 A試験管の隣にB試験管を設置し、実験1の生きたウミホタル(1992年10月8日採取、館山湾)入りアクリル水槽(縦15cm、横45cm、深さ9cm)に入れる。A試験管を投入し、約5分間経過後、B試験管に、洗浄ビンを用いて一気に水を入れ発光させ、激しい光を出す。つまり、A試験管に近寄ってきたウミホタルをすりつぶした乾燥ウミホタルの激しい光で刺激したときの反応を観察するわけである。これを10回繰り返し行った。なお、実験は満腹状態(牛レバーを実験前に30分間入れたもの)と空腹状態(餌を2日間与えていないもの)の2つの群で行った。

(実験結果)
B試験管を発光させた直後
B試験管の発光後
満腹状態
負の走光性を示す
試験管付近には戻ってこない
空腹状態
負の走光性を示す
一度は負の走光性を示すが再び試験管付近に戻ってくる個体を確認できる
表4.乾燥ウミホタルの弱い発光に集まってきたウミホタルに乾燥ウミホタルでの強烈発光をあてた後の反応

 表4よりB試験管を発光させた直後は、いずれの状態においても負の走光性を示すが、その後空腹状態のウミホタルだけが、数個体、正の走光性を示し、A試験管に近寄ってきた。しかし、母集団全体の数と比較すると正の走光性を示したウミホタルはかなり少ない。


■月の光に対する走光性実験

 ウミホタルは"月の出ている日には捕獲しにくい"1)2)と言われてきた。私たちの経験からもウミホタルを採集する際、月が出ていると採集個体数は低いといえる。このほかにも経験から昼間は野外においてのウミホタルを"餌"に寄せて採集することができない。そして、飼育下でも自然状態に環境を近づけ、餌も十分に与えると、昼間はほとんど砂の中に潜り込み、水槽内を泳ぐウミホタルを見かけない。ところが日が沈み、暗くなると多くのウミホタルが水槽内を泳ぎ回っている様子を確認することができる。そこで以上のようなことを、もう少し実験的に実証できるのではないかと考え、以下の実験を行った。

(実験方法)
 実験実施日 1992年10月8日 20:00〜22:00
 日出 05:41  日入 17:15
 月出 15:13  月入 02:13
 月齢 11.7

 この日の月は時々雲に隠れるということもあったが、実験中は水平線30度上方から月光が連続して差し込んでいた。

 捕獲したばかりのウミホタル約1000個体と約200個体を現地(野外)で、丸型水槽(直径29cm、深さ14cm)に入れ、月光を10分間当てた後に水槽内のウミホタルの分布を観察する。これを10回繰り返し行う。各回とも、開始前にウミホタルを十分に散らして水槽内をほぼ均一にし、さらに水槽を90度ずつ回転し位置をずらした。

(実験結果)
 約200個体のウミホタルの水槽(図1)、約1000個体のウミホタルの水槽(図2a,b)は、どちらも図に示したとおり月の方向とは反対側に集団をなしていることを確認できる。図1より中央が突起している三日月状になったウミホタル集団を確認することができる。これは丸型水槽を使用したために水槽側面がレンズとなって月光を集光してしまい、その集光された光に対してウミホタルが負の走光性を示すためである。これらの水槽を側面から見ると(図3)底に張り付くようになっている。底への逃避行動をとる傾向がみられ、大変興味深い。
 現地でナイトダイビングをしたことのある方に、話を伺うことができた。その話によると、月光は、海底(水深約5m)まで届いているとのことだった。
 このことから、海底でもこの実験と同じように月の光に対してウミホタルが負の走光性を示していると言えよう。

図1.10分間月光を当てた水槽(ウミホタル約200個体)を
上部から見た図
図2a.10分間月光を当てた水槽(ウミホタル1000個体)を
上部から見た図


図2b.10分間月光を当てた水槽(ウミホタル約1000個体)を上部から見た写真
懐中電灯は撮影直前に点灯させた。
図3.10分間月光を当てた水槽(ウミホタル約1000個体)を側面から見た図



■強い光に対するウミホタルの反応

(実験方法)
 実験実施日:1992年10月9日 18:00〜22:00
 実験に使用した光源:スライド映写機、He-Neレーザー
 水槽(縦45cm、横29cm、深さ30cm)にフィルターをつけたスライド映写機の光やHe-Neレーザー光をあてた。そしてウミホタル(1992年10月8日採取、館山湾)に光を浴びせることによってどのような反応を示すかを観察した。
 スライド映写機のフィルターは、ウミホタルの発光液の色に近い青色のセロハンを用意した。また、青色セロハンを1枚、2枚重ね、3枚重ねと、計3種類のフィルターを作成し、実験を行った。特に光に集まるなどの行動をしたウミホタルをスポイトで吸い取り採取した。(図4)
 この実験を行った水槽には、ウミホタルが約3000個体(♂:♀=1:14.8)、水槽に底には2〜3cmの砂が敷いてあり、海水約20Lが入っている状態だった。なお、実験10分前にエアポンプを止めた。
 スライド映写機の電球は、100V650Wのハロゲン球を使用し、水槽から約20cm離した場所から照らした。レーザーを使った実験ではHe-Neレーザー光を1個体に約10秒当て続ける実験と、レーザー光を動かさず、水槽内を照らし続ける実験を行った。(図5)

※He-Neレーザー
 波長:6328Å(オングストローム)
 出力:1.0mw以上
 発振モード:横モード 単一(TEM。。)
 ビーム径:0.9φmm
 ビーム拡がり角:0.8mrad
 偏光特性:Random
 電源入力:AC100V ±5V(50/60Hz)
 消費電力:約40W



図4
 
 図5


(実験結果)
 強い光刺激にもかかわらず、多くの個体が負の走光性を示す以外は、発光応答等は認められなかった。また、一部の個体が正の走光性を示した。その個体数を以下の表に示す。
青色セロハン1枚
青色セロハン2枚
青色セロハン3枚
個体数
♀7
♂1
♀37
♂1
♀23
表5.スライド映写機における実験において正の走光性を示したウミホタル個体数

 表より、比較的メスの集まりが良いが、母集団の雄雌比(♂:♀=1:14.8)と比べると大きな有意さがあるとはいいがたい。しかし、ウミホタルの大部分が負の走光性を示したのにもかかわらず、これらのウミホタルが正の走光性を示したのはとても興味深い。


■備考

 ここに紹介した実験で用いた、1992年10月8日に館山湾にて採取したウミホタルの雄雌比および発育段階の割合は、次の通りであった。(採取したうちの396個体を調査対象とした)
AA-1A-2A-3A-4A-5合計
メス(%)20.222.018.118.112.13.093.5
オス(%)5.80.00.30.00.30.06.4
合計(%)26.022.018.418.112.43.099.9
表6.1992年10月8日に館山湾にて採取したウミホタルの雄雌比および発育段階の割合(396個体中)

■考察〜ウミホタルの光刺激の受容力について〜

 従来から、採集時などの経験をもとに、ウミホタルは月の光に反応するのではないかということが言われてきたが1)2)、今回、現地採集場所での採集直後のウミホタル集団での実験、観察結果により、明らかな月の光に対する負の走光性を確認した。ウミホタルは間違いなく微弱な光刺激を確実に判断できる。
 なお、可視光線における各波長での反応観察によると、特に波長による極端な差は認められず、微弱ないずれの波長の光に対しても負の走光性を明らかに示す。但し、この実験中、たまたま気が付いたことがあるが、同じ光量中では、青い光で照らしたウミホタルの存在は、他のどの光の中での観察と比較しても明らかに確認しにくい。これはウミホタルの発光が青紫色であるのと何らかの関係がありそうで興味深い。


■参考文献

1)中村中六,1954.ウミホタル Cypridina hilgendorfii G.W.Mueller の生態に関する研究.日本水産学会編「水産学の概観」,丸善,pp.108-127.
2)入江春彦,1953.ウミホタル Cypridina hilgendorfii G.W.Mueller の生態に関する2,3の実験.Bulettin of the faculty of fisheries,Nagasaki University.no.1. pp.10-13.


■出典

千葉県立幕張西高等学校科学同好会,1992.刺激に対するウミホタルの応答.第36回日本学生科学賞入選1等作品.より抜粋。
なお、ホームページに掲載するにあたり、一部再編集を行っています。


戻 る


Copyright© ウミホタルショー実行委員会・千葉県立幕張西高等学校科学同好会 1992-2005.All rights reserved.
無断転載を禁ず。