第36回(1992年)千葉県児童生徒科学論文展 最優秀賞・理科部会長賞
第36回(1992年)日本学生科学賞 入選1等

刺激に対するウミホタルの応答
−ウミホタルはなぜ光るのか−
(第36回日本学生科学賞 作品集(読売新聞社)に収録されている作品概要)


千葉県立幕張西高等学校 科学同好会
(個人名は非掲載とさせて頂きます)



■1 研究の動機

 私達は生きたウミホタルの発する青紫色の光に魅せられ、この光をもっと多くの人々に見てもらおうと、5年前から文化祭でウミホタルショーを発表している。どうしたら害なく、より多くのウミホタルを自在に発光させられるか。この問題をほぼ解決した今日、約1万個体のウミホタルが音楽に合わせて次々に会場空間を光で満たして行く夢のようなショーを公開できるようになった。
 ところが昨年、ウミホタルショーを見に来てくださった方から「今年の光り方は去年と違う」との指摘を受けた。早速ウミホタルに加える電気刺激の波を変化させて観察してみると、ウミホタルは確かに異なった光り方をしたのである。このことが「ウミホタルはなぜ光るのか」という謎を解き明かそうとする研究の始まりとなったのである。

■2 研究の概要

 今回、千葉県館山市で採集した約9万個体のウミホタル(Vargula hilgendorfii)を用い、ウミホタルはなぜ光るのかを解き明かそうという目的で、以下の実験、観察を実施した。

(1)採集方法、飼育方法の検討
(2)飼育下での餌に関する実験
(3)成熟オス、メス個体、未成熟個体の顕微鏡観察
(4)発光腺からの発光物質分泌状況の顕微鏡観察
(5)飼育下での各時間帯における活動状況の観察と実験
(6)肉眼観察による自然発光パターンの観察
(7)走電性に関する実験
(8)光刺激の受容と反応に関する実験
(9)さまざまな刺激に対する反応の観察と実験
(10)電気刺激の種類に対する反応の観察
(11)電気刺激によりコントロール可能な発光パターンの検討
(12)(11)の発光パターンに対するウミホタル集団の反応の観察
(13)赤外線発光ダイオードを活用した自作暗視装置の開発と検討
(14)青紫色(470nm)発光ダイオードが人工的に発する発光パターンに対するウミホタル集団の反応観察

これらの実験観察の結果から判明したことのうち、ここでは4点のみにしぼって記述する。

■3 ウミホタルの光刺激の受容力について

 従来から、採集時などの経験をもとに、ウミホタルは月の光に反応するのではないかということが言われてきたが、今回、現地採集場所での採集直後のウミホタル集団での実験、観察により、明らかな月の光に対する負の走光性を確認した。ウミホタルは微弱な光刺激を受容できる。なお、可視光線における各波長でのウミホタルの反応には極端な差は見られず、どの波長の光に対しても負の走光性を明らかに示す。
 この実験中に、たまたま気が付いたのだが、肉眼で観察する限り、同じ光量中では、青い光で照らされた中のウミホタルが、他のどの色の光の中よりも観察しにくい。これは、ウミホタルの発光が青紫色であるのと何らかの関係がありそうで興味深い。

■4 光刺激と餌刺激の関係について

 自然状態での光刺激に対するウミホタルの反応は、餌刺激による反応よりも明らかに優先する。私達の5年間の経験でも、自然状態において、日中、明るい時に餌でウミホタルを採集することはまずできなかった。
 しかし、飼育下での実験からウミホタルの飢えがひどい状況ではこの優先状態が崩れることが明らかになった。負の走光性を示さなくなるのである。これは、たとえウミホタルの発光が信号として働くことがあるとしても、それを受け取る側のウミホタルの状態によっては、必ずしも決まった反応を示さない可能性を示唆しているものと考えられる。

■5 ウミホタル発光の信号性について

 ウミホタルの自然発光パターンは一通りではない。今回判明したパターンは7種類である。死と同時に始まる連続弱発光もパターンに加えると、全部で8パターンにもなる。電気刺激のかけ方により、この自然発光パターンのうち2パターンは、コントロールして発光させ得るようになった。そのうちの1パターンである強烈な発光は周囲のウミホタルに明確な逃避行動を誘発することが判明した。すなわち、強烈な発光パターンは自分の身の危険や驚きを、仲間に(結果的にではあるにせよ)伝える信号であることが実証できたと考える。
 強烈な発光パターンを発光ダイオードを用いて、波長、光量、発光時間を同じ状態にして人工的に作り出して実験した場合も同様にウミホタルに逃避行動を誘発できた。ところが、発光時間を短くし、点滅させて同様の実験を繰り返すと、全く逃避行動をとらないばかりでなく、弱く発光さえすることもある。現在考えているのは、オスメス誘引信号の存在の可能性である。たとえば、カリブ海に住む近縁種では、多種が同海域に混在して生息する為に、求愛行動を種による発光パターンの違いで認識しているとの報告もある。館山市に生息するウミホタルは一種なので、上の例にすぐあてはめることはできないが、発光がオスメス誘引信号となりうる可能性はある。今後、前述の点滅発光がウミホタルにどのような行動を誘発するか観察を深めたい。オスメス同士、闇の中で、相手を探さなくてはならないことを考えると、月明かりなどと同様な連続光よりも、変化のある光のほうが、互いの認識には有効であることが十分考えられるからである。

■6 刺激に対するウミホタルの発光応答について

 ウミホタルは様々な物理・化学的刺激に対してほとんどの場合、一定の発光応答(ウミホタルが発光液を吐き出すこと)をする。ところがレーザー光を含む強烈な光刺激に対しては発光応答しない事実が判明した。またウミホタルを大量に集合させ得るどのような餌刺激に対しても発光応答はしない。これらの事実は、ウミホタルが自然界で生活していく上でどういう意味があるのだろうか?以下3点について、考察する。

(1)さまざまな物理・化学的刺激に発光応答するということは、言いかえれば敵に襲われたり、周囲の状況が急変すると発光してしまうということである。これは結果的に光で仲間に危険を知らせることになる。すなわち危険信号となるし、場合によっては、光に敵の注意をひきつけることになる。あるいは、敵に対する威嚇にもなりうると考えられる。
(2)光の刺激に対しては発光応答しない。これは結果的に安全な場所への避難を助けていると言えよう。連続した光はウミホタルにとって危険信号であり、信号を受け取ったウミホタルが発光せずに逃避行動をとることは実に合理的反応と考えられる。

(3)餌刺激に対しても発光応答しない。摂食行動を観察していると一つの餌に多数のウミホタルが群がるのが普通である。例えば生きたイソメは数匹のウミホタルではなかなか歯が立たないが、イソメが見えなくなるほどのウミホタルが集まれば、容易に襲うことができる。仮に、このイソメとウミホタル集団との戦いの中や、その後の摂食中に、ウミホタルが発光してしまうならば、強烈な光が発生し、青紫色の火の玉が海中に浮かび上がってしまうだろう。摂食中という、防衛力の低下しているときに自分たちの存在を周囲に知らせてしまうのは、ウミホタルにとって不利なことである。したがって危険を避けるうえでは、餌刺激にも発光応答しないことも合理的なことであると言える。

■7 おわりに

 「ウミホタルはなぜ光るのか」という謎に取り組んでみて、いままでは文化祭のたった一日のウミホタルショーのために費やしたと思われていた膨大な時間と労力がこの研究に生かされ、重要な意味を持って来ている事に気がついた。
 現在、私たちは、発光ダイオードにより人工的なウミホタルの光を作り、発光点滅周期を微妙に変える実験を続行中である。それをさらに発展させ、自然発光パターンにある、垂直・水平方向への移動発光や回転発光もさせられる人工ウミホタルの精密ロボット化を進めている。
 同時に、赤外線発光ダイオードを活用した、安価で制作できる暗視装置も3号機を制作し、性能が向上してきている。これらにはウミホタルショー開発で培った技術がすべて生かされている。ウミホタルロボットを介して、野外のウミホタルとの発光信号のやりとりが可能になる日を信じて研究を続けていきたい。
 もう1つ、ウミホタルショーは、多くのすばらしい人々との出会いをもたらしてくれた。その中のお一人で、東京大学理学部の阿部勝巳先生は、私たちが獲得してきた技術、知識、データを評価してくださり、私たちに大きな自信と夢を与えてくださった。また膨大な文献、資料を提供してくださるとともに、貴重なご助言をいただいた。この場をお借りして、言葉には尽くせないほどのお礼を申し上げたい。

■参考文献

1.岡田彌一郎 加藤光次郎 海蛍の生活史 科学 1949年 pp.16-30
2.加藤光次郎 「海洋の科学」 vol.4,no.9、1944年 pp.339-343
3.中村中六 ウミホタル Cypridina hilgendorfii G.W.Muller の生態に関する研究 日本水産学会編「水産学の概観」、丸善 1954年 pp.108-127
4.Naohide Yatsu,Note of structure of the maxillary gland of Cypridina hilgendorfii, Journal of Morphology vol.29,no.2, 1917年 pp.435-440
5.入江春彦 ウミホタル Cypridina hilgendorfii.G.W.Muller の生態に関する2,3の実験. Bulettin of the faculty of fisheries,Nagasaki University.no.1. 1953年 pp.10-13
(以下 略)


 本論文に関するお問い合わせはウミホタルショー実行委員会事務局 まで。
 なお、本論文は申し訳ありませんが配布終了となっております。再発行の予定は現在のところありません。

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