ウミホタルの生態を調べるときの注意点



 

 「ウミホタルとは?」や、ここで述べる生態は様々な観察や実験により明らかにされてきました。しかし、飼育下で空腹状態が長く続いたり、水質が悪化したり、環境の光の条件が自然状態とは異なるなど、様々な要因で、採取直後は観察される性質が、飼育下では観察できなくなってしまうものがあります。
 また、採取直後であっても、まれに普段は観察されるはずの性質(例えば負の走光性や、摂食直後の海面浮遊など)が観察できない事もあります。その要因としては、海水温、季節、月齢、水質などが考えられますが、詳しい事は分かっていません。

■飼育下における走光性

 ウミホタルは強い光に対して負の走光性を示します。また、ごく弱い光に対しては、正の走光性を示す事も知られています。しかし、これらの反応は、採取翌日の午後、つまり採取後24時間以内に、観察できなくなってしまう(もしくは採取直後とは異なる反応を示す)事があります。
 なぜ、観察されなくなるのかはまだ分かっていませんが、水質の変化や明暗環境の変化などが考えられます。

■飼育下におけるエサへの反応

 自然状態では、まだ周囲が明るい状態ではほとんどウミホタルをエサで採取する事はできません。
 しかし、飼育下では、この習性が乱れ、明るい時間帯、周囲が明るくてもエサに集まってくることがあります。空腹状態が長く続く事がその要因と考えられていますが、それ以外の要因の可能性もあります。

■これからウミホタルの生態に関する実験を行う際に

 まだまだ生態には不明な点が多いウミホタルですが、生態を調べるために実験を行う場合には、次の点に気をつけるようにしましょう。

(1)実験・観察に用いたウミホタルの採取場所(おおまかな地域名)、採取日時をきちんと明示しましょう。
 ウミホタルは地域により遺伝形質が異なる事が報告されています。つまり、地域により生態が異なる可能性があります。
 採取した季節によっても、実験観察の結果が異なる事があります。
 採取後、時間が経過する事により、採取直後はみられる性質がみられなくなることがあります。
 なるべく実験、観察は採取直後に行うようにしましょう。

(2)飼育下のウミホタルを用いて実験・観察を行う場合は、採取場所、日時の他に、飼育条件を明示しましょう。
 ウミホタルを飼育している水槽の大きさ、海水量、海水温、濾過装置の有無、海水の比重、エアレーション、エサを与える頻度やエサの種類、水槽への照明の有無なども結果に影響を及ぼす事があります。
 また、満腹時と空腹時とでは異なった反応を示す事があります。

(3)実験を行った日時を明示しましょう。
 ウミホタルの活動は月齢による影響を受けているという報告があります。
 また、時間帯により結果が異なる可能性もあります。
 飼育下のウミホタルを用いる場合には、採取後、どの程度の期間が経過しているのか(または飼育下で繁殖した個体なのかどうか)を示すようにしましょう。

(4)ウミホタルがいる水槽に、何か"物"を入れる時は、その必要性を十分考慮しましょう。
 ウミホタルは、触覚による臭いの感知能力に優れいています。水槽中に何かを投入すると、一度近づいてきて、その物質を確認しているような行動を起こす事が観察されています。
 例えば、水槽中に電球を入れてその反応を見ようとした場合、電球の光に反応して近づいているのか、電球という"物"自体に反応して近づいているのか、区別する事が難しくなります。
 水槽の外からでも行える実験(例えば、光を当てる、など)は、なるべく水槽の外から行うようにしましょう。どうしても水槽内に入れなくてはいけない場合は、対照実験を必ず行うようにしましょう。(例:電球ならば、点灯させた場合と、点灯させなかった場合とで比較を行います。また、海水温と、入れようとしている物質の温度差が大きい場合は、ウミホタルが温度差刺激により発光してしまう可能性もあります。)

(5)可能であれば、実験に用いたウミホタルの雄雌比、発育ステージを調べましょう。
 これらの判別には、顕微鏡が必要になりますが、性別や、発育段階により結果が異なる事があります。

(6)本当に全部ウミホタルですか?
 ウミホタル Vargula hilgendorfii と、肉眼上そっくりな他の介形虫ではありませんか? 特に、Vargula sp.B (学名記載中)は、その外観がウミホタルとそっくりなため、見間違われる事が多いですが、この種は発光しません。ウミホタル集団に混じっている場合、非常にわかりにくくなります(図1)。場所によっては、ウミホタルよりも他の介形虫の方が多く採取される事もありますので注意が必要です。採取の際に光ったからと言って、その中の介形虫が全てウミホタルとは限りません。
 ウミホタル以外の介形虫を含む集団で実験を行わざるを得ない場合(例えば、1000個体を越える集団で、仕分けが困難な場合など)は、ランダムに数百個体を抽出し、ウミホタル以外の介形虫がどの程度の割合で含まれているかを明示しましょう。
(例) ウミホタル約2000個体(ただし、約0.5%の割合でウミホタル以外の介形虫を含む。)を用いて実験を行った。



図1.館山湾(千葉県)で採取されたウミホタルと他の介形虫
1.ウミホタル Vargula hilgendorfii
2.Vargula sp.B
3.Cypridinodes sp.
1と2の違いに注目。2のVargula sp.B は、ウミホタルと比べて、背甲に褐色の色素がある部分が存在する、発光腺がない、背甲の形がやや細長い、消化器官に白い部分が目立つ、などの違いがある。しかし、慣れないと肉眼での区別は難しい。

■参考文献

 1)旧千葉県立幕張西高等学校科学同好会 1992.刺激に対するウミホタルの応答 日本学生科学賞全国入選1等論文.
 2)千葉県立磯辺高等学校科学部 1996.海蛍の生態研究1−集団自然発光の謎!− 日本学生科学賞全国入選2等論文.
 3)千葉県立磯辺高等学校科学部 1998.海蛍の生態研究2−オスメス比の謎!− 日本学生科学賞全国入選3等論文.
 4)阿部勝巳 1994.海蛍の光.筑摩書房.
 5)Ogoh,K. & Y. Ohmiya, 2005. Biogeography of luminous marine ostracod driven irreversibly by the Japan current. Evolution, 22(7):1543-1545.
 6)Masayuki Saigusa, Kazushi Oishi. 2000. Emergence Rhythms of Subtidal Small Invertebrates in the Subtropical Sea: Nocturnal Patterns and Variety in the Synchrony with Tidal and Lunar Cycles. ZOOLOGICAL SCIENCE 17:241-251.
 7)田原豊 2009.生きたウミホタルの教材化(2).生物研究 vol.48 No.1.日本生物教育会.



戻 る


Copyright© ウミホタルショー実行委員会・千葉県立幕張西高等学校科学同好会 1992-2011.All rights reserved.
無断転載を禁ず。